コレクション: 樹影 (Jyuei)
樹影(じゅえい)とは、樹が地に落とす影のことです。
影は、樹そのものではありません。けれど、その樹が空へ、光の方へと伸びていったことを、たしかに地に写しています。どれだけ枝を広げ、どちらへ伸びようとしたのか。影は、その意志の輪郭だけを残していきます。
削っていて思うのは、木は上へ伸びることをやめなかったのだ、ということです。傷を負っても、幹をよじらせても、光のある方へ。その方向は、杢目のうねりとなって、いまも一本ごとに残っています。
木は、厳しい環境のなかで何十年、何百年とかけて密度を蓄えていきます。その時間に見合うだけのものを、こちらも用意しなければなりません。杢目や節を欠点として消すのではなく、削ることで表へ解き放つ。大地が積んだ時間と、こちらが差し出した精度。その二つが掌のうえで一致したとき、はじめて書き味が定まります。
私たちに、影は創れません。光と、そこに立つものがあれば、おのずと生まれます。できるのは、その形を見つけ、技を尽くして削り出し、手に馴染む一本へと整えること。
書くことも、どこか似ているのかもしれません。心のなかの思いは、まだ形を持ちません。それが言葉となって紙に落ちたとき、はじめて輪郭を持ちます。樹が光へ伸びた影と、あなたが綴る言葉の影。その二つが、机の上でそっと重なります。
自分の姿は、自分では見えないものです。それでも、伸びようとした方向は、影となって残ります。樹影が、そんな時間に寄り添えたらと思います。
あなたの沈黙に、最も近い場所で。