コレクション: 月灯 moon-light (ballpoint pen)
信州の深い夜、月灯りだけが手元を照らす。その時に感じる「凪」の状態を、一本のペンに封じ込めたい。そんな想いから「月灯(つきあかり)」は始まりました。
私がこのペンの素材に選んだのは、**「エボナイト」**です。天然ゴムと硫黄を練り上げて硬化させたこの素材は、世界最古の人工樹脂でありながら、どこか生命の温もりを感じさせます。プラスチックのような冷たさはなく、吸い付くように手に馴染む独特の触感。それは、書き手の体温を分け合うように、使い込むほどに唯一無二の味わい深さが生まれていきます。
私が最も心血を注ぐのは、このエボナイトの塊から削り出す、淀みのない一体のラインです。口金と軸を別パーツにすれば製作は容易ですが、そこには必ず微かな段差や緩みが生まれる。だからこそ、私たちは一本の塊からすべてを削り出す道を選びました。
特に、ペン芯ギリギリまで追い込んだ先端の造形は、私の譲れない一線です。削りすぎれば使い物にならず、甘ければ筆記時に微かなブレが生じる。この一瞬の迷いも許されない、精度への追い込みが、紙に触れた瞬間の「揺るぎない安定感」を生み出すのです。
この設計は、ある種の実直さを求めます。一切の遊びを排し、精度の高いG2規格のリフィルだけを受け入れる。汎用性を捨ててでも守りたかったのは、書き手の思考を一切遮らないという、作り手としての矜持です。
一体成形のエボナイトが約束するのは、誰の手に渡っても変わらない「揺るぎない安定感」。けれど軸尻に選んだ木は、一本ごとに違う表情を見せます。変わらないものと、変わるもの。その両方を併せ持つからこそ、月灯は量産品の均一さでも一点物の気まぐれでもない、ちょうどいい静けさに落ち着くのではないかと考えています。
時を重ねるほどに深まるエボナイトの風合い。その中に宿る、一点の曇りもない筆記体験を感じていただければ幸いです